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サポートされる側の人

「世の中には、秀でた才能をサポートされる側の一握りの人間と、その才能をサポートする側の大勢の人間との二種類しかいない」

高名な作家さんの言葉です。

大輔さんは疑いようもなく前者で、有り余る才能で大勢の人に影響を与える力がある人で、本人がどう望もうとそれを辞めるのを許しては貰えない人で、今はキャスターのお仕事とか自分ではない他人にスポットをあてる仕事をしてそれが今後の自身に良い影響を与える為に必要なのだとしても、やはり本来はこの人こそがスポットを当てられて照らされるべき人なのだ。

ということを昨日のフレンズプラスで再確認しました。

自分のことを語る大輔さんは、まぎれもなく時代を作ってきた人、というよりもっと上の、時代を変えてきた人の風格があり、大物である佇まいと共に異色な空気もまとっていた。

 

そして今ふと思いました。

サポートされる人間同士が共に寄り添った場合、相乗効果で高みにいける場合もあるけど、共に脚の引っ張り合いになってしまうこともあるよなって。

というより、大輔さんの場合、自分の偉大さを今でも把握していない節があるようなので、ややもするとその寄り添ってる人の踏み台になる危険を孕んでる。

お互いに信頼関係があったとしても。

私が今思い浮かんだ事には当てはまらないかもしれないが、大輔さん自身も、相手にどうぞと道を譲るところがあるって何かで言ってたっけ。

あ、これはちなみに昨日のフレンズを見たからと言ってアラカワさんの事を言ってるんではないです。

私にとってはサポートされる人間が二人いて、その一人が大輔さんだった場合、当たり前に大輔さんの方がもう一人の方より何倍も大きな存在で「価値」がある。

だけど当然と言えば当然だけど、そのもう一人の方にしてみれば人生の主役は自分自身だろうし、自分がサポートされる側の人間である自覚があるなら余計に、相手に尊重されるのにも慣れていて、共に受けた災難も自分中心にして考えていたのだろうな。

ということを先程つらつら考えてしまった。

何のことを言ってるのかさっぱりわからないですよねw

こんなことをモヤモヤ考えている時間が勿体無いですな。