愛されすぎる人・修正しました

ダンナが一週間の南の島バカンスから帰国しました。

ワイハじゃなくてグアムです。バーベキュー&アイスショーではなくツーリングです。

たいして旅費もかかっていません。

でもうっすら日焼けして「海キレイだった、楽しかった」とか無邪気な感じで言われるの、今の私的には…。

 

ワイハの番組の感想は後半を見てから書くかも。でももしかしたら書かないかもです。

この件に触れてからアクセスが上がってるんで一応断っておきます。

 

なんか声優がどうのこうのって、記事になってるんですね。たいしたことでもないのに。

だけどこの件の声優さんの呟き、RT数凄いですね。まるでメダル取ったばかりのオリンピアンみたい。

これって、実際そのアニメからオファーが来て本人が出たいなら出ればいいだけの話ですよね。

私はそのアニメは見てはいないんだけど、だいたい内容は把握してます。この先見るかどうかは気分次第です。

私の願いはアニメに限らず何がきっかけでもいいので、実際に生で大輔さんの演技を観て貰いたいということ。結局そこに行きつきます。

そして大輔さんには、初めて自分を観に来た観客に挑むような気持ちで虜にしてしまう演技を魅せ続けて欲しいなと。

それが何よりの「ファンに日頃の感謝を込めた」事になるのではないかと私は思うので。

 

表現者は技を磨くこと。

それこそが自分の演技を好きでいてくれるファンへの何よりの感謝の気持ちを現した事になるのではないでしょうか。

距離感が近い過剰なサービスをして、それを与えた方々が感激するさまに満足感を得るのはわかります。

でもそれは表現を魅せる仕事をする人間にとって、果たして本当に良いことなのでしょうか?

なぜなら過剰なサービスをして喜んで貰えた稀有の表現者は、本来の仕事を披露する大事な時を前にして「まだ。暖かく見守って」という甘えた言葉を口にすることもあるのですから。

ファンとの距離感が近くなり過ぎると、身内のようなノリ、意識を生んでしまうこともあるのではないでしょうか?

これが「才能を消費される」、という事なのではないですかね?

内輪ノリのショーを長らく続けてきた弊害だとも思います。

このような事をこれからも繰り返して行っていいのでしょうか。

 

これは私の考えです。こうして書いていながら、この考えがむしろ間違っているならいいと思います。

だけどあのかけがえのない表現者を失いたくはないのです。だからファンが「見守る」ということの意味について考えさせられる日々なのです。

時々思います。大輔さんは稀有の表現者としては人間丸ごと全てを愛され過ぎているなあと。ファンや友人や先輩方々、仕事で関わろうとする人からも、存在そのものが魅力があり過ぎて慕われ過ぎて、そのことが逆に表現者としては足枷になっている時があるなと。 

 

明け方寝しなに書いて、読み返したらおかしいところが沢山あったんで修正しました。

…あまり変わらないですけどね。